中学2年のときの話。
授業中、消しゴムのカスか紙くずを小さく丸めて飛ばして遊んでいた。
正直、オレだけじゃない。周りでも何人もやっていた。
それを担任の先生に見つかった。
当然怒られる。
先生は聞いた。
「他にもやってるやつはいるのか?」
オレは答えた。
「わかりません。」
本当は知っている。
でも名前を言うつもりはなかった。
その場にいた皆がやっていた。
ここで名前を出すのは違うと思った。
もう一度聞かれた。
「他にもやってるやつはいるのか?」
オレはまた言った。
「わかりません。」
次の瞬間、耳を強く引っ張られた。
そして先生は言った。
「わかりませんとはどういうことだ。
他にやっているヤツはいるのか、いないのか?」
皆をかばうことで精一杯で、言っている意味がわからなかった。
この時も耳を引っ張られたままだ。
先生は続けた。
「わかりません、じゃない。知りません、だろ。」
その瞬間、納得した。
確かにそうだ。
オレは「わからない」わけじゃない。
知っているけど言わないだけだ。
だから正確な言葉は
「知りません」
だった。
その時初めて思った。
この先生は、表面を見て怒っているわけじゃない。
オレの態度も、考えも、全部読まれている。
友達は裏切れない。
叱られるのはオレ一人で十分だ。
そういう場面は、社会に出てもきっとある。
それを強く教えてくれたのだと思う。
それでも叱る。
そして言葉の意味まで正す。
中学2年の当時は、そこまで深くは考えていなかった。
でも今思うと、この先生は
生徒を一人の人間として扱っていた。
正直さは認める。
でも誤魔化しは許さない。
だから叱るときは本気だった。
今でも、あの耳の痛みと一緒に覚えている。
そして、叱られた意味も。

